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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1128号 判決 1967年4月11日

原告 廉隅伝次

右訴訟代理人弁護士 真子伝次

同 野村英治

被告 花田工業株式会社

右代表者代表取締役 花田正吉

右訴訟代理人弁護士 菅原道彦

右復代理人弁護士 清水沖次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、六、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四一年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、

一、横須賀市根岸所在旧軍用財産である国有地四、三五五坪(仮換地三、二六六・二五坪)(以下「本件土地」という。)が、別紙払下経過一覧表記載の経過により、国から被告会社に坪当り一八、六二〇円代金合計六〇、八一七、六〇〇円で払下(以下「本件払下」という。)られた。

右払下は、旧軍港市転換法(昭和二五年法第二二〇号)に基づき、会計法(昭和二二年法第三五号)第二九条の三第五項、予算決算および会計令臨時特例(昭和二一年旧勅令第五五八号)第五条第一項第七号により、随意契約でなされた。

二、原告は、関東財務局総務部長を経て北九州財務局長を最終官職として大蔵省を退職し、昭和三八年三月被告会社の監査役に就任したところ、同三九年六月頃訴外小野田栄作および花田豊(被告会社専務取締役)を介して被告会社から、本件払下のあっ旋の依頼を受け、これを受諾した。

そこで、直ちに大蔵省当局を調査したところ、払下の可能性があるとの結論に達したので、じ来関係当局である関東財務局横須賀出張所、関東財務局、大蔵本省、横須賀市役所等に対し強力に払下方を折衝し、その結果、前記のとおり本件払下が実現した。この間における原告の受任事務処理の具体例を示すと、関係当局からの情報蒐集に極力努力し、同三九年一一月頃払下価格が坪当り約二三、〇〇〇円に内定した旨の情報を入手するや、これに対し強い不満の意を表明して当局に対し再検討を要望し、このため、別紙記載の幹事会に対し、価格未決定のままという異例の要件で付議され、原案どおり可決された。また、本件払下問題が一旦大蔵省の手を離れ、建設省所管の手続を経て(別紙の同四〇年六月一四日および同年八月二五日の各手続等)再び大蔵省の所管に移った後は、早急に払下が実現するよう努力し、これらの折衝は殆んどすべて原告が単独で行ない、その経過一切はその都度被告会社に報告した。

三、原告の本件委任事務処理に対する報酬については、当初坪当り一、〇〇〇円程度よりも多い額とする旨の話合が一応なされたところ、被告会社代表者および前記花田らは、同四〇年一月頃から原告を故意に避けるような態度を示すようになったため、別紙記載の同年三月二四日における審議会の議決により、本件払下に関する大蔵省所管事務が実質上終了したことを機会に、同年四月一五日被告会社代表者と話し合った結果、本件払下の実現を条件として、これがあっ旋報酬として被告会社は六、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨の約定が成立した。

四、右約定の条件がその後成就したことは既に述べたところであり、原告はこれにより右額の報酬請求権を取得したから、同四一年一月二七日到達の書面で被告会社に対し、これが支払を催告した。

五、よって、原告は被告会社に対し、右六、〇〇〇、〇〇〇円の報酬金とこれに対する同四一年一月二八日から完済まで年五分の決定利率による遅延損害金の支払を求める。

被告の主張に対し、

被告主張のとおり監査役辞任の申入をしたことは認めるが、その後もあっ旋に努力したことは前述のとおりであり、委任を解除した点は否認する。また、払下申請関係書類の作成のような全く事務的な問題は、原告の前述した職歴からみて、かような事項を原告が受任したことは考えられない。

本件払下に関し被告会社から一、三〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、これは報酬の一部前払ではなく、交通費その他の実費充当分として受取ったものである。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁および主張として、次のとおり述べた。

請求原因一の事実は認める。

同二の事実につき、

原告がその主張のような職歴を有していること。被告会社が訴外小野田栄作らを介して原告に本件払下につき依頼したことは認めるが、右依頼の日時は同三九年一〇月である。すなわち、被告会社は、同年六月頃から他に工場敷地を物色中、同年一〇月本件旧軍用地の払下げが可能であることを聞知したので、原告に前記依頼をしたのであり、払下申請必要書類の作成等払下手続の一切を依頼した。

原告の委任事務処理については、前記依頼日時から同四〇年四月上旬まで関係当局に一応の折衝をしたことは認めるが、その余は否認する。すなわち、原告は、受任後約定に反して前記必要書類の作成をせず、同四〇年三月二四日の前記審議会における議決後は、高飛車の態度に出て、後記の報酬金の増額を要求し、あまつさえ、同年四月五日本件委任を解除する旨の意思表示をしたうえ、翌六日監査役辞任を申し出でた。したがって、原告は、その後は、本件払下につき何ら関与していない。

同三の事実は否認する。本件報酬については、当初被告会社が原告に前記依頼をした際、払下手続が完了した暁三、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨約したことがあるにすぎない。しかし、原告は、前記のとおり本件払下につき中途から手を引き、その後は被告会社の努力により払下の実現をみたのであるから、約定どおりの委任事務は遂行されておらず、したがって、原告には右額による報酬請求権もない。なお、被告会社は原告に対し、本件報酬として一、三〇〇、〇〇〇円を前払で支払っている。

立証≪省略≫

理由

一、請求原因一の事実および同二の事実中原告の職歴および昭和三九年の一〇月以前の時期(右時期が六月か一〇月かにつき争いがあるが、そのいづれであるにしろ以下の判断に影響しない。)において、被告会社が原告に対し本件払下のあっ旋の依頼をしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、請求原因二の後段および同三における原告主張事実がすべてそのとおり認定できるとした場合、本訴請求が認容すべき請求権の行使にあたるかどうかについて判断する。

(一)  本件土地は、旧軍港市転換法第四条第一項に定める旧軍用財産であるから、これが払下にあたっては、同法に基づき、払下の相手方が同法所定の旧軍港市転換計画の実現に寄与するような用途に供する者にあたるかどうかを慎重に検討することが要請されており、同法は、この点につき、大蔵大臣の諮問機関として旧軍港市国有財産処理審議会を設置してその議を経る旨定めており(第六条)本件払下についても右議決を経たことは前述したところである。そして、かかる払下の場合、予算決算および会計令臨時特例では、国は払下の相手方と随意契約ができる旨定められており、また、別紙一覧表記載の払下経過からみて、本件払下の実質上の衝に当る事務当局は関東財務局であるというべきであるから、以上からすると、同局は、本件払下につき前記転換法の所期するところに従ってこれが事務処理をすべき要があったことは明らかである。

(二)  ところで、国家公務員法(昭和二二年法第一二〇号)第九条第一項では、公務員の服務の根本基準として、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」旨定めており、第一〇三条第二項では、「職員は、離職後二年間は、営利企業の地位で、その離職前五年間に在職していた人事院規則で定める国の機関と密接な関係にあるものにつくことを承諾し又はついてはならない。」旨定めている。

右第二項の規定は、前記根本基準を完全に実現するためには、職員の職務遂行に対する好ましくない影響を与えるおそれのある行為を排除するため、将来の離職後の行為をも制限する必要があると考えたためであり、畢竟、在職中の職員の全体の奉仕者としての服務の適正を期し、あわせて公務の運営に対する国民の信頼に答えるためのものと解するのが相当である。

(三)  翻って本件をみると、原告本人尋問の結果によれば、原告は、同三〇年八月頃から同三五年八月まで前記財務局総務部長の地位を占め、その後北九州財務局長を経て(右職歴については前述した。)、同三七年三月一六日大蔵省を退職したことが認定でき、本件のような払下が総務部長の所掌事務に属していたことは関係法規の定め等から明らかである。

以上からすると、原告は、本件払下事務を担当した前記財務局の枢要な官職を、その払下運動から程遠からぬ時期まで相当長期間に亘り占めていたものであるから、原告の右行為は、本件払下につきこれが担当職員に対し、いわゆる「顔」を利用して有形無形の影響を外部から与えるおそれが多分にあったといわざるをえず、このことはその主張自体からして明らかであり、そうだとすると、前記国公法の定めに直接抵触することはないとしても、原告がかかる払下のあっ旋を被告会社から受任してこれに従事することは、前記定めの所期するところに背馳するといわざるをえない。加えて、本件払下のあっ旋の中途において、原告が被告会社から一、三〇〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いのないところ、原告は、右金員は交通費等の実費として受取った旨主張しており、果してそうだとすると、原告は東京都内に居住し(このことは原告本人尋問の結果明らかである。)、本件土地は前記のとおり横須賀市にあり、原告が交渉した関係当局も右両都市に所在しており、そのあっ旋に従事した期間からみて、いかなる実費に費消されたものかその使途について疑いを禁じえない。

もとより、本件払下は、前記転換法等に則り適正に行なわれたものと考えるが、このことから前記結論を左右することはできない。

(四)  以上説示したところからすると、原告と被告会社間に報酬の定めのある委任契約が有効に成立し、したがって、これに基づき原告が被告会社に履行を請求して、同会社から任意の履行を求める場合は格別、本件のように裁判によってこれが履行を求めた場合裁判所としては、前記関係法規が本件のような国有財産払下の公務運営について期待するところからみて、右履行を命ずることをさし控えるのが適当であるといわざるをえない。

よって、原告の本訴請求は、更に進んで判断するまでもなく失当であるから棄却すべきであり、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎啓一)

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